日高山脈の雪崩事故

 2017-04-22
2~3日前朝、NHKのローカル番組で帯広地方の映像が映し出されました。
真っ青な空に雪をいだいた日高山脈がとても美しく『あぁ、、きれい』と見ていた。
その瞬間、あの山のどこなのか、と思い出したことがあった。

1965年(昭和40年)3月、北海道大学山岳部が日高山脈で大雪崩にあい、6名が犠牲。
大学生の雪山遭難事故も大きく報道されたけど、雪崩に埋もれた中で三日間生き抜き、
山地図の裏側に書かれた沢田リーダー(農学部4年生)の遺書が大きな話題になりました。

今回ネット検索でみつけた[元山岳部 部長の登山講座]から。
事故の概要  と 沢田リーダーの遺書

私のぼんやりとした記憶では当時の新聞にその遺書の写真があったように思います。
沢田リーダーの遺書を基にした歌がレコードになり、私は今でも歌えるのは
若い時の鮮烈な記憶は50年過ぎても覚えているものですね。
探すとYoutTubeにあったのですが、画像はやめてリンクだけ。。

俳優の浜田光男さんが歌っています。  おかあさん、ごめんなさい

また、別サイトには『彼等は必ずしも危険な所で雪洞をつくって
露営していたわけではない。
その後の調査によるとこの雪崩は、走行約3km、デブリの長さ1km、 幅30-100m、
量約40万トンの日本国内の雪崩としては最大級に属するものと推定された。』
とありました。
数日前のテレビに映しだされた日高山脈の映像が とても強く印象に残っています。

2年前の11月中旬、実家の母、妹との3人で地球岬へ行った時、
秋晴れの太平洋の彼方に もう雪を載せた日高山脈が見えた。  
 日高山脈

この日の日差しを受けた太平洋と地球岬。
海向こうの陸地の裏側が私の住まいする町。
 地球岬灯台
 
母と一緒に見た地球岬の風景は この日が最後でした。

先月、3月27日、栃木県那須町湯本のスキー場でおきた雪崩事故。
登山講習会に参加していた高校生と教諭の8人が犠牲になりました。
今もその事故の検証が続いているとのことだけど、失われた命は もう戻りません。

* すみません、コメントは閉じさせていただきましたm(__)m

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